先日誕生日でして。1つ歳を重ねて32になりました。旦那さんとは9歳差なんですが出会った頃の旦那さんの歳に私がなったんですよね。9も離れてると横に並ぶと子供?みたいな印象があって恥ずかしかったんですが、そろそろ馴染んできたかなあ。
そんなタイミングやったんで最近自分の31歳を振り返ったりしていたんですが、正直ちょっとパッとせんかったなあと。笑 今日はそんな振り返りとこれからについて思うことを書いてみたいと思います。
バタバタしてただけで、アプデ感がない1年
1人目の妊娠出産育児を経た時のパラダイムシフトがやっぱデカすぎて、それに比べると31歳はちょっと自分的にそこまで飛躍はできなかったなと。
もちろん日々だらっとしてたわけではない(はず)んです。31歳になった頃は初めてのワーママを妊婦状態で迎え撃ち、後半は娘を産んで寝れない日々の再来で、忙しかったし奮闘していたのはそうなんですが、なんかこうここがこう変わった!成長できた!みたいな感じが全然ないんですよね。バタバタ頑張ったのになんか悲しいぞ!
大人になると、自分で課題を決めないとある程度は過ごせてしまう
で思ったんですよね。多分30代にもなって親にもなって、ある程度人様にご迷惑をおかけしないようにご指摘を受けないように暮らすことや、日々を真面目に頑張って暮らすことはデフォになってきちゃったんだよなあと。もちろん完璧ではないんですけどね。
こうなると自分でこれ気をつけなきゃって思うことが激減するから、能動的に目標や課題設定をしないと受動的にバタバタに流されて生きてるだけじゃ全然アプデされないんですね。生きてるだけで大変なのに、頑張って生きてるのにこんなのもう虚しい悲しい。
こんなこと言ったらすごい強い成長欲求がある人に思われそうですがそんなんじゃなくて、自分の弱いところや辛いこと乗り越えれた時って本当、人生楽になったんですよね(泣)。現状ある程度は過ごせるってだけで何も褒められた大人ではないし、理想の自分ではなく嫌なところや結局人生損してるところってまだまだいっぱいあるわけです。
そういうアプデされて楽になっていける余地がまだまだあるのに、それを自分で能動的に狙って解決しにいかないといけなくなった。今までみたいに解決の必要に迫られるような出産みたいな天変地異とか説教を受けるとかそういうチャンスを起点にはできなくなってくるんですよね。
努力のしどころにこだわらないといけない
さらに難しいのがどの方向に自分が努力をするのかってところで。
以前のブログにも書いたように、今かあちゃんは絶賛自分取り戻し活動中(※)です。
※こういう自分になりたい!とかのキラキラモチベではございません。ふと振り返った時になんか私薄っぺらいぞ!?となって、薄っぺらい人生は嫌だ自分もっと濃く生きてえ!ともがいてる感じです(もうこの説明が薄っぺらいw)。世界史も好きなのでレコンキスタ(王政復古)をもじって自分復古と心の中で呼んでます。
育休中、毎日バタバタで生活リズムも一定ではない中ですが、少しずつ隙間を作っては自分が好きだったことに時間を文章を書くことやピアノを弾くことを続け、mustやshouldの動機で動かず本来自分が本当に好きだったことと向き合っている時の、「自分」をちゃんと使えている!というような感覚をだんだん取り戻しつつあります。
色々流行りのテクノロジーや新しいビジネスはでてくるし、インプットすることは山ほどある中で親になり役割は増え年々時間は有限になってくるわけです。1回目の育休の時は私もテクノロジーわかる人になりたいと思ってプログラミング勉強しサイト作りました。やって良かったなと思うんですが、自分的に熱中している感じは訪れず、これって自分の注力点ではないなってことにも気づけました。
これは私の得意分野ではないなと思ったことに勇気を持って見切りをつけ、自分のやるべきことに集中する。もしくは、自分は得意ではないけど将来自分の得意と繋がってくるかもしれないから深く踏み込みはしないけどニュースはインプットしとこうみたいに、自分に繋がるイメージは持って準備しておく。そして自分の軸足置いているところに時間を使う。
10代20代のなんでも経験してみよ!みたいな感じから、この年代、そしてこの時代も相まって思い切って捨てる勇気も大事になってくるなと感じます。
さあ今年はどうしよう
そしたらかあちゃんよ、その能動的に狙って解決しようとしている課題はなんなんだい?ってことだと思うんですが、、それがはっきりわかったらこんなモヤモヤしてないんですよね。笑
目立った課題がないとかそういうことでは全くないんですよ。でももうそんな全方位で完璧になれるほど努力できる時間は無限にないし、何より自分の大事にしたい価値観に紐づいた目標じゃないと、それは自分がやることではないというか、費やした時間に対して自分の血肉になっていかないんですよね。
だから課題とはちょっと違うのだけど、今の自分復古のリハビリを続けて、少しずつでいいから自分の中の美学みたいなものが構成されることを目指したいなと思ってるんですよね。
自分薄っぺらいぞ!自分をもう一度色を塗っていくぞ!って動き出しには良かったんだけど、過去の自分になることがゴールというわけではないし、ブログ書いたりピアノ弾いたりしている時間だけが私の人生じゃなく、かあちゃんやってる私も仕事奮闘してる私も人生の大事な時間だし。ここで楽しむためにこの時間を犠牲にしている!みたいに分断して考えるのは勿体無いしなんか性に合わないんですよね。
現在の自分が担っている日々の色々な役割やタスクに追われながらも、自分らしく生きていくということ。これをセットで考えてやっていくのが現実的だし全部が楽しくなりますよね。
自分のこだわりたいことを細くでいいから続けている32歳にしたい
つまるところこうなるのかなと。自分のこだわったことや好きなことについて、どれだけ忙しい日々でも細くても続ける!ってこと自体がまず自分の人生を生きることへの大事なハードルのような気がしています。何をやるかとか点の話ではなく、忙しくても能動的に好きやこだわりを持って生活をしていること。これを繰り返す先に自分なりの美学ができて価値観が磨かれて、また肩の荷が降りてラクになれたらいいなあ。
職場復帰は今年になるのか?来年になるのか?は微妙なところですが、まず育休中に続けられないものは職場復帰してからなんて絶対続けられないので今のうちにしっかりと種を蒔きたい。
次はその美学の種みたいなのを書きたいですね。かあちゃんは日常が好きなので色々本当単純な日々でも大事にしたいことはあるんです。
つい文章にしようと思うと少し自虐的だったり逆に背伸びした文章になったりしてしまうのですが、久しぶりに今回は自分の心の中の言葉が書けた気がします。やっぱりこの作業は熱中するし楽しいです。
お読みいただきありがとうございました!

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