かあちゃん、20代を振り返る
もうすぐ娘ちゃんが1歳になります!ひゃー0歳が終わっちゃう(泣) 絶賛育休中ということですが少しずつ終わりにも近づいてきたので、今後の仕事や自分のことを頻繁に考えちゃいますね。
その時に、20代はまあ突っ走ったからちょっと緩めてもいいのかなとか、同じようには働けないよね、とか20代に積み上げたことややり切ったことを前提に考えてる節があったんですけど、ふと、いやちょっと待てよ私って20代って突っ走ったってことでええんか?言うてええんか?って不安になってきて。
というのもやっぱり、自分の20代振り返っても未熟すぎてやらかしすぎてて。なんというか、猪が畑荒らした跡みたいな(笑)。もう大迷惑しかかけてなくない?そんな清々しい気持ちでいちゃダメじゃない?っと思って。
30代について考える前に、ここらでちょっと20代について振り返ってみたいなと思います。
なんで20代は突っ走った方がいいんだっけ?
そもそも一般的に20代突っ走ったほうがいいよというのどういう理由なんでしたっけ。chatGPT大先生的には、成長スピードが速い時期、やってみないと自分の適性がわからない、体力・気力があり、無理がきく時期等々の理由を教えてくれました。要はリスクを取る練習をしておけということですね。
もちろんそれも大事です。でも、嫌なことを聞くようですがリスクをとってその先に何がしたいの?って話もなくはないですよね。そのスタートダッシュって、長い長い社会人生活の長期視点で考えた時に初めて生きてくるリスク取り練習だと思うんです。
でもま、固いこと考えず目標ないぐらいなら突っ走っといた方がいいんじゃない?って考えにも同意はします。そこから得る経験の貯金は後の自分がきっと感謝すると思います。
でももっと汎用なレバレッジは、走りながらも事故らない人間力だと今振り返って思うんです。
果たして私の20代は突っ走れたのか?
ギリギリで太々しく可愛くない新卒時代
さあではでは20代事故りまくっていたかあちゃんの話をしたいと思います!笑
20代、確かに働きました。入社してから割とすぐ終電で帰る日々が始まって、3年経って転職したんですけどそれでも家に帰るのは22時半ぐらいの日々でしたね。仕事の内容もどんどん難しくなっていって、29歳で倒れ込むように産休に入ったんですけど、もうかなり息切れしてましたね。
基本ずっとぱつってるんで、ずっっと余裕がないんですよね。笑顔がない表情がむすっとしてる。今月、いや今日生き延びられるかどうかの中でいつミスるかいつ爆発するかスレスレで生きてました。
新卒で入社して3年間ぐらいは営業やったんですけど、高すぎる目標の中でタスクは積み上がり続け、見込みの薄いアポは入り続ける(怒られるぞ)。なんで?って思いながら睡眠削って必死で喰らいつく。月末になったら未達が怖くてカリカリして近寄らないでオーラ発散しまくる。
でも真面目(というか必死)にはやってるんで、私は自分が悪いことしてる自覚はなかったんですよね。むしろ、「どんなに理不尽でもやることやってますけど何か?」って太々しく顔に書いてあったんでしょうね。時々女の先輩から大丈夫?って声かけてもらうことがありました。昔の自分を見てるみたいって。
その時は何を心配されてるのかわからなかったんですが、周りの先輩から見たら私は雰囲気が良くなくて、心配で見ていられないあまり一緒に働きたくない新卒だったんだ思います。
引き金を引いたある出来事
さあそんな社内の信用激低の若かりしかあちゃんが、会社の全体会議で割と偉い人にこの取り組みってどういう意図なんですか的な質問をしたんですね。そしたら会議後その人があの質問何やねん?的なことを強めに席に言いに来て怖い思いをすることになりました。
そして後日、なぜそこまでいったのかあまり思い出せないんですが、確かその件で拗れて私と私の上司がその偉い人と人事に呼び出されて怒られることになりました。そこから数日はまた仕事にまみれ忙しくしていたんですが、ある日昼休憩の後涙がどうしても止まらず会社に帰れなくなってしまい、そこから会社を休ませてもらい、結局退職しました。
この出来事を消化するには長い時間がかかりました。今でも別に100%私が悪いとは思っていないですし、あの状況は誰もが怖くなったと思います。
でも7年ほど経った今やっと、私の聞き方や受け取られ方、それを裏付ける普段の振る舞いが招いた結果だよねと素直に思います。
人間関係の質は“自分の走り方”の結果として現れる
要は人間関係が荒れるときって、自分の走り方そのものが乱れてる時なんですよね。だから“人間力を保つこと”と、“人間関係を大事にすること”は繋がってくる話だと思っています。
ギリギリの日々でも人間力がないと、結局何も積み上がってない
会社にいる嫌なおっさんにも媚びを売って過ごせと言いたいのではもちろんありません。でも、あんな退職の仕方になったのは後味が悪すぎますし、ぐちゃぐちゃでも真面目に耐えてた自分が報われなすぎます。
今こうして反省から多くを学べていると言えばそうかも知れないけど、せっかく自分に負荷をかけて過ごしていたのにとても脆い積み上げをしていたと思うし、何か自分の中で挑戦した期間はその後振り返った時に自分の中では誇らしく、自信に思えた方がいいに決まってます。
会社を辞めた方々とはもう連絡もとっていないし、たくさんの知識や経験は残ったけど、人脈や信頼の貯金は使い果たしてしまいました。
どう走ったら安全で心地いいかの視点で長く走る
これはかあちゃんが自分の反省を込めて言うことですが、人に迷惑かけながら出した成果って再現性ないんですよね。もうマジでそんなことできないので(泣)
この前久しぶりに車に乗ったんですけど、シートとかミラーの位置とか、自分の靴とか格好とか、どの道走るかとか、運転する前の「どう車に乗るか」のところって改めてめちゃめちゃ運転する上で大事ですよね。正しく車に乗った上で努力する、走るになってないとそれは車に乗れていないと思います。
要はどんなに切り詰まった日々でも自分がまず安定したメンタリティで日々を過ごし、周りの人が私と働いてくれた時にいい気で関わってくれる状態で働き続けることが大前提だと思うんです。
私の車の乗り方では事故るのは必然だったと思います。どう走ったら安全で心地いいか、の視点が一切なかったですね。長い社会人生活、この視点を持ってスタートダッシュするのと短期視点で走って事故るのなら前者の方が将来に生きる経験だと思います。
もちろん、髪の毛振り乱してやるような必死の時間って必要ですし、そんな丁寧な暮らししながら社会人できるほど甘くないのはよくわかってます。1分1秒を争って作業する日々が続いたりもします。
大事なのは、追い込まれてギリッギリの中でも一番人間的に信頼のある自分を保ったまま成果を出すってこと。これが20代でできたら本当に自信持っていいと思います。
でも、あの頃の自分がどうやってそれに気づけたんだろう?
ずっと周りの人にベクトルが向いていない人間だった
正直なところ、あの頃の自分では自分が未熟な行動をしていると気付きようなかったよなという感覚ではあります。
長くなってしまうので深くは話しませんが、中高生あたりから自分だけが上手くいっていないと思い込んでいたところがありました。
自分に必死で自分を慰めることで精一杯の人間がこじらせたまま社会に出て、急に周りの声を聞けるはずもなく。
タラレバですが中高生あたりの段階で、自分だけじゃなくみんなそれぞれ何かしら戦いながら生きてる、みんな苦労してるそれが社会だってところに一定の腹落ちが出てきていたら変わったかもしれません。
良質な人間関係の中で生きることが、今だけでなく未来のためにもなる。いい人間関係の中で走ることで、自分以外のフィルターを通して自分や社会を理解することにつながる。
みんなそれぞれ理不尽と戦ってるんだよね、ってところの深い理解があれば、どう走ったら安全で心地いいかまで頭が回ったかも知れないなあというのが今のところの結論です。
頑張りを振り返った時に、周りに好かれていたかは肝
振り返った時に、周りに好かれていたか
これがいつ何時も自分が喜ぶ方向に頑張っているかどうかの指標になるのではないかと思います。このためには、どんなにハードな日々でも信頼される人間性をキープした上で走る。これが重要ですね。
30代、2人の子育てをしながらの仕事は忙しさが半端なくなりますが、自分が信頼される人間性を保てるラインをしっかり考えながら、長期的な目線で復職の仕方を考えていきたいと思います。
どこかで過去の私のような猪突猛進の20代を過ごしている方に届いて少し自分を取り戻すきっかけになったら嬉しいな。お読みいただきありがとうございました!

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