突然ですが皆さん、”抗ヒスタミン剤”って言われてパッと理解できますか?
母親になってこういう「わからんけど流してたこと」に気づく機会が増えました。今日は小児科の先生と話していて気づいたことを書いてみます。
会話から自然とリテラシーが上がっていく体験
抗ヒスタミン剤、はて?
小児科で先生から薬の説明を受けた時に初めて聞いたんですが、かあちゃんはちゃんと調べるまで「抗ヒスタミン剤」っていう薬の具体名だと思ってたんですよね。 処方箋見て「抗ヒスタミン剤」っていう名前じゃないなああれー?みたいになってました。笑
でもこの先生がすごいのはいつも、かあちゃんが目が点になるのを瞬時に察知して、「アレルギーに効くお薬です」みたいに言い換えてくださいます。なのでかあちゃんはいつも信頼して頑張ってお話を理解しようと食らいつきます。
子供に投与されるものなのに何も考えたことがなかった
今まで母親の立場としても、薬の説明を多少は受けてもお医者さんに処方してもらうものだから間違いないって感じでかなり思考停止で子供の治療してたなと思うんですよね。
とはいえ、仕事の場とかで違う部署や取引先の方々に専門用語で話されるとなんかちょっと距離感じてしまったり、わからないことに引け目感じたりしてしまいませんか?
自分から専門的なことを質問したり学んだりってなかなか難しいと思うんですよね。
でもこの先生との会話は「じゃあこれはこういう理解でいいんですか?」とか素直に聞けるし、その後自分でも調べてみたりするので、結局こちらのリテラシーが自然と上がっていくコミュニケーションになってるんですよね。この差は一体何なのか考えてみました。
中学生にもわかる説明、が取りこぼすもの
具体だけでは世界が見えない
よく難しい言葉を使わず中学生にもわかるように説明してみたいにいうじゃないですか。それはもちろんめっちゃ大事なんです。でも、余裕があるなら一歩踏み込んでその世界に相手を連れて行ってあげると、より一層お互いの理解が深まった会話になっていくと思うんですね。
例えば今、3歳の息子は「日本」も「関東」も「神奈川県」も知りません。
息子の世界では、「自分の家」「保育園」「ばあばの家」「公園」といった個別具体の場所は自分が足を運んでいるので知っていますが、それ以外の場所があることは写真や映像などそういった何か像を通してしか理解できないですよね。
もし息子が「神奈川県」という類を理解すれば、じゃあ「⚪︎⚪︎県」の類が他にも色々あることを知り、「日本」を理解すれば国が他にもあることを理解するわけで、自分が行ったことがなくてもたくさんの世界があることが見えてくるわけです。
相手を引き上げることで、ズレは減っていく
例えばさっきの「抗ヒスタミン剤」の件についてかあちゃんなりに見えたことでいうと、
「抗ヒスタミン剤」って言葉ってただの名前じゃなくて、
- ヒスタミンという物質があって
- それがアレルギー反応を引き起こして
- それを“抑える”作用を持つ薬
っていう一連の構造を一発で説明してる言葉になるわけです。
だから先生からすると、「アレルギーに効く薬」よりも「抗ヒスタミン剤」の方が、誤解も少ないし、精度も高いし、話が早い。
「アレルギーに効く薬」って言うよりもむしろ「抗ヒスタミン剤」だと作用の仕組み(ヒスタミンを抑える)他の薬との違いまで含めて、一発で世界の切り分けができる言葉なので、先生もこう言いたくなるんだなあと。
完全に深い理解をすることは難しくても、患者側がこういうラベルを少しでも理解できていけば、コミュニケーションの精度がかなり上がり、少なくともズレは減らしていけるわけです。
言葉はただの伝達じゃなくて「世界の切り分け」
専門用語だったり概念的な言葉だったり何かの事象を伝達するだけじゃない「世界の切り分け」が出来るラベルとしての言葉があるんですよね。こういう言葉たちは世界を広げてくれます。
親がこのラベルを理解することの重要性を先生はよくわかってて、少しでも会話を通して理解を引き上げようとしてくださってるんだなと。自分の子供にどういうことがされるのか理解できる親になれよって思ってくださってるんだと思うんですよね。
中学生でもわかる言葉で説明することももちろん大事なんですが、相手を信頼して抽象的な言葉での説明を丁寧に加えていくことで、相手の世界を広げてあげることが出来るのではないかと思います。
大事なことは”行き来”と”気遣い”
相手を信頼しながら、ズレを取りにいく姿勢
じゃあ相手の理解を広げるためにいつ何時も専門用語使いまくろう!って言いたいのではなく、どういう時に交えていくのがいいのかというと、「ここではズレたくない」って時にこそ丁寧に使っていくのがいいと思うんですよね。
わかってほしい時や「ここではズレたくない」って時人は“正しい言葉”を使いたくなるわけですが、伝わるために、“相手がわかる形”にも降りて行き来しながら伝えていく。
小児科の先生が素晴らしいのはかあちゃんの反応を見てすぐに「アレルギーに効く薬だよ」って解凍してくれたので置いてけぼりにならずに済んだんですよね。
専門用語を使う
→でも相手の反応をちゃんと見る
→ 必要なら解凍する
この一連が大事で、具体と抽象を行き来しながらこういう世界の今ココの話をしているよって示していくことで相手が信頼されている感覚になって、安心してその世界に入って来れるのではと思います。
つくづくコミュニケーションって難しいなあと思ったりするんですが、今回のことで専門用語に対する取っ付きにくさみたいなのがだいぶなくなったんですよね。どういう世界の切り分けの話だろう?て視点になれました。
全部はわからなくても、「あ、これズレたくない話なんやな」って思ったら、ちょっと踏み込んで聞いてみようと思います。
お読みいただきありがとうございました!

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