かあちゃん、子育ての中で自分の思考の癖に気づく

この前まで息子にめちゃめちゃ怒ってしまってたんですよね。それも結構きつい言葉で。

かあちゃんは「正しさ」の価値観が強いんですよね。悪いものは悪い、悪いことした人には泣こうが喚こうが叱らないとって思ってて、ちょっとぶっちゃけると怒ってる時に怖がらせて可哀想みたいにも一切思えずエンジン全開で怒ってたんです。

でも、これなんか意味ない?疲れるな、不毛だなって感じはあって。これだけ言ってるのに伝わってない感じがもどかしくて苦しかったり、怒りたいわけではなく単に反省して理解してほしいだけなので子供が泣いているのはお前が悪いんだよとは思いつつも気持ちよくはない。

変わるなら自分だよねということで、過去父ちゃんと揉めたときに自分が読んでいた本やメモを読み返したり、ChatGPTに聞いてもらったり(超優しくて泣いた)、悩みを書き出す中で気づいたことに救われたりで、最近少しずつ心は軽くなり息子と仲良くできることが増えてきました。

また同じループに入らないようにするためにもどういう気づきがあったのかを書いておきたいと思います。

あらゆる心の動きは私の勝手な解釈からきていると認める

要は、限りなく事実だと思うことでもそれは私の解釈で、本当は違うかもしれないっていう眼鏡で相手を見るってことで。

以前父ちゃんと揉めた時の自分のノートを読んでてあ、これ今も同じように考えられるじゃんと思ったことなんですよね。私が結構陥りがちな部分だったみたいです。

vs父ちゃんのケーススタディ

例えば父ちゃんと揉めてた時で言うと、これだけ大事なことを打ち明けているのになんとも返答しないってどういう神経なの?馬鹿にしてるってことでいいかな?みたいなのとか(笑)

本当小さいことで言うと、大人2人しかトイレのスリッパは使いません。じゃあ片方がこんなところに脱ぎっぱなしにしました。じゃあもう片方もそれに付き合ってここまで足伸ばして履けってことですか?とか(笑)

こういうのを全部私は、

事実:大事なことを打ち明けたのにスルーされる → 解釈:大事にされていない

事実:使う相手が他にもいるのに適当に置いとかれる → 解釈:どうでもいいと思われてる

って思考をしちゃって、いやこの事象からどう考えても馬鹿にしてるでしょって怒ってたんですが、違う、大事にされていないって考えて自分を苦しめてるのは自分だってに気づいた時に楽になったんですよね。

私だったらこんなふうな話をしたらスルーはしない、だってあなたが大切だから。スルーしちゃうあなたは私のことが大切じゃないんだねって感じで完全に自分の基準で見て考えてしまってたんですけど、そうじゃないよねと。

相反するように思えることも共存するんですよね(っていうのが父ちゃんとの関係性で救われた視点。大嫌いと大好きは共存するみたいな、愛憎みたいな)。これに返答できなかったからといって私のことが大切じゃないとは限らない。ここ黙りこくっちゃっても大切に思うこともあり得る。って考えられるようになった時に、それはそれは楽になりました。

息子との場合に置き換えると

vs父ちゃんのケースが長くなったんですが(笑)、これが対息子にも言えるぞと。

息子と接していて、どう伝えても全然響いてない、伝わってないぞみたいな時に苦しくて。

例えば、

事実:約束を簡単に破り平気な顔をされる → 解釈:どうでもいいと思われてる

事実:私が悲しいよってこと伝えてもどこか上の空 →  解釈:どうでもいいと思われてる

みたいな感じで解釈して、なんでこんなに伝わらないんだろうって腹が立ったり虚しくなってたりしたんです。

でも、

– そもそも約束ってことが伝わってるとは限らない

– 平気な顔してるけど平気とは限らない 内心どうしようってなってるかもしれない

– 私が悲しいことを知っていて平気で悲しませているとも限らない

みたいに思った時に、そうだよね私が勝手に自分の首しめて苦しんでるだけだって思えてスッと楽になったんです。

そもそもお父ちゃんと違ってまだまだ小さいんだからねっていう前提があるのでだいぶ飲み込みやすかったです。下手に息子が結構言葉が早くて話せたりするので、これぐらい理解してるでしょって勝手に期待してた部分もあるんだと思います。

息子がしたこと1つ1つはよくないことだったりするのでもちろん指摘は必要だったと思うのですが、どれだけ考えても「きつく」言っていい理由はどこにもないんですよね。完全に自分の思考、解釈によって嫌な思いをさせたので本当申し訳なかったなと思います。

思考の悪い癖3パターンに気づく

よく思考の癖って話をビジネス記事とかで見てなんそれと思ってたんですけど今はよーくわかります。以下の3パターンが瞬時に起こります。

自分の見たこと考えたことが100だ事実だと思う癖 (自分が解釈していることに気付いてない)

②相手の振る舞いを自分の期待する形にあてはめる癖 (大切に思うならこういう行動しないでしょ のような)

③期待した形じゃなかった時に私なんてどうでもいいんですねって考える癖

改めてまとめると最悪ですね。何私めんどくさ(笑)

どこで醸成されたんだろう。②は結構心当たりあって、多分私行動ネキなんですよね。昔から部活でもなんでも、能力低いから行動でカバー!みたいな。行動で信頼勝ち取る、行動してこそ正義!行動してない奴ら悪!行動ぐらいしろや!みたいな価値観強め人間です。

だから表層に表れていることに価値を感じるし(①とか③につながりますね)、相手にも表せよと思っちゃうんですよね。これがまた全く表層に表さない夫と結婚しちゃったもんだから本当ドMですよね何してるんだろう(笑)

この癖があることに気づけたことで自分が負のループに入ってどんどん首を絞めていく流れのストップをかけられるようになり、夫婦関係も親子関係もかなり楽になりました。

でも時には思い通りに満たされたくなるよね

とはいえ、自分が思う形でリアクションが返ってこないって辛くないですか。笑 

自分が心を強く持てる時はいいんですが、弱ってる時にはこれ辛いなあってまだまだ思うんですよね。

そうとは限らないよねって、相手を信じて自分を疑うことなので、たまには自分を隅々まで肯定したくなったりします。相手を信じ続けるのって、自分が元気じゃないと出来ないんですよね。自分にガソリンを注入し続けることができるメンタリティを持つことが上手い人間関係を作るなと痛感します。

こういうメンタルになった時に対処するための学びが最近またあったんです。多分たくさんの人にとっては至って普通のことなんですが、私が全然やってこなかったこと。

これはまた別の記事で書きたいと思います。今日はこの辺で!

お読みいただきありがとうございました!

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